越前 三床山城



ファイルNo3817


              尾根上の堀切          

@ みとこやまじょう 
  別名 御床ケ岳城 

A住所:鯖江市三尾野和田町〜丹生郡越前町佐々生
    (旧・越前町)

B目標地点:和田神社・石生谷トンネル、または、
      佐々牟志神社  三床山

C形式:山城  D比高:240m 
E現況:山林

F遺構等:郭・堀切・堅堀・土塁・説明板
G時代/人物:南北朝期?/斯波氏?
H満足度: 凸+☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  40分

J撮影・訪問時期:2022年06月

  

道案内 ←城跡      ←登り口

北陸自動車道鯖江インタを下り、右折し県道39号線から柳町の信号で左折し国道8号線にいったん入り、次の東鯖江の信号で右折し、国道417号線に入ります。約600m先、ループでJRを越え、約5.4Km先の信号で国道417号線は右折になりますが、直進して県道104号線を進みます。約5.2km先の石生谷トンネル手前右手に乗用車三台ほど停められるスペースがあり、三床山登山口の案内があります。ゲートのある林道を登って行きます。

訪城備忘録

三床山への登り道はいくつかあるようです。今回は石生谷トンネルそばからの登城口から登りました。わりとなだらかな尾根道を進むルートですが、距離は一番長く2.7kmあります。石生谷林道コース(石生谷公民館に駐車場有)は最初は急坂のようですが、途中で石生谷トンネルからのルートと合流します。和田公民館の奥の和田集落からの登りも最初は急坂のようですが北側尾根遺構が見られるのでこれもいいのかもしれません。今回は南側尾根の堀切を見ながら進みます。このルートは大手道ルートのようです。

石生谷トンネル手前、登城口に車を停めます。最初はアスファルトのつづら道をトンネルの上まで登ります。尾根に登ると大きな切通に至ります。トンネルが無かった頃の生活道路だったんでしょうか。ここを右手に登ります。しばらく行くと最初の標識が城跡まで2000mです。途中、L字土塁に見える平坦地があったりしますが遺構からわかりません。林道からの合流地点は城跡まで1000mのところです。しばらく進むと堀切の標識があります。小さいですが確かに窪んでます。(笑) さらにその先に伝千畳敷の標識があり、左手下にわりと広い平坦地があります。城跡まで300mの標識の所が尾根最後のピークです。削平は甘いですが相当に広い平坦地です。ここも城として使われていた場所でしょうかね。ピークを下ってしばらく行くと堀切・虎口の標識があります。この堀切は城跡側は高低差もあって大きい竪堀も繋がっている感じですがこの時期草木が茂って見えません。この上に登ると土塁遺構があります。堀切を見下ろす感じですかね。先に進むと山頂(主郭)手前の最後の坂です。これの左手は郭跡のような平坦地が段郭状にあります。

登り切ったら山頂(主郭)です。この南斜面には畝状竪堀があるように設置の縄張図にはありますが、藪でとても見る事はできないです。ただ、木々は伐採もされていて眺望はすばらしいです。東側端には出丸風堀切で隔てられた郭が先端にあります。北側は二の郭などある感じですが削平地は分かるんですが草木が茂ってあとはなにかなんだかわからん状態です。北東下には堀切の標識がありますが、ここも草木が茂っていてよくわからん状態です。遺構としてはあまり明瞭とは言い難いと言うか南北朝期の城であればこんなもんなんかもしれません。ハイキングの方がたくさんおいででした。眺望はすばらしいので気持ちはいいですね。

歴史
主郭案内板

築城時期、築城者は不明です。平安期の弘仁十三年(822年)、宮川要光出雲守が築城したという伝承があるようですが、南北朝期に北朝の斯波高経が築城し在陣したと伝わるようです。

尾根上の堀切    尾根上の土塁
現地案内板より(登城ルート)
現地案内板より
眺望(越前市方面)
眺望(鯖江市方面)
眺望(福井市方面)
  
登り口の一つ    城跡遠景
尾根の最初の切通
尾根の最初の切通
尾根道にあるL字土塁と郭状平坦地
尾根上堀切
尾根上堀切を横から
尾根道
 伝千畳敷
 伝千畳敷
 主要部手前の尾根ピーク
主要部下の堀切
主要部下の堀切
主要部下の堀切
主要部へ
主要部手前土塁
郭?    主郭手前  最後の坂
主郭(山頂)
東側郭     東側堀切
二の郭?      主郭
眺望
北側下堀切
北側下堀切
眺望(佐々生側)
主郭北側斜面

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