近江/ 太山寺城



ファイルNo1867

          石垣 

@ たいざんじじょう 
  別名 

A住所:高島市安曇川町中野〜田中〜高島市武曽横山
     旧:高島郡安曇川町

B目標地点:太山寺集落
C形式:山城  D比高:150m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・石垣・碑・説明板
G時代/人物:室町期/−−−
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  東屋から30分

J撮影・訪問時期:2008年04月・2018年05月

  

道案内 ←城跡 ←登り口

高島市中心部から来ると、国道161号線の青柳北の信号で左折します。300m先で船木口の信号を直進、さらに1km先の五番領の信号を直進し県道23号線を進みます。3.5km先(右手・広瀬橋を通過して350m先)を左折します。道なりに2.5kmほど進むと太山寺集落です。この集落の奥、中野林道のそばに東屋が建っていて、東屋のところから左方向へ登ります。10分ほどダートコースを登ると阿弥陀山の案内板のある箇所に至ります。(ここまで、ダートの坂道ですが4輪駆動とかなら登ってこれます。)ここより約10分で城跡です。
 
訪城備忘録

東屋から林道を登りだすとすぐに左手に太子堂跡があります。ここの背後にも空堀があり城跡のように見えます。さらに登り、阿弥陀山の案内板から谷筋に入ります。200mほどで右手斜面を登ります。尾根筋を進むと前が開けた箇所に案内標識があります。「太山寺城が見えます」と書いてありますが、正面の高い山ではなくて、右手を見ると手前に山が見えます。これが城跡です。道はこの箇所で右手に進み、300mほどでY字になり、左手に進み、(案内標識があります。)いったん谷に下ります。途中右手に水の手郭かなと思われる2段の平坦地があります。下りると沢沿いに城跡の説明板があります。(説明板は2018年訪城時新しくなってました。) 沢を渡って案内標識に従い登ります。5分も登ると城域に入ります。尾根に登る最後の坂は石が散乱していて、石段が崩壊した跡のようにも見えます。坂の途中の両サイドに大きな郭があります。さらに坂を登るとL字に方向を変え、郭に入ります。ここまでの坂は説明板には土橋とされ、確かに坂虎口状と言えるかもしれません。入った郭の右上が主郭で主郭への進入も坂です。この坂側面にも石積み痕跡が残ります。主郭は中央と奥まったところと右端に土壇となっていて、石積みが残ります。この空間は城というより寺の配置です。主郭下の郭を南側(左手)に進むと堀切と土塁があります。土塁を越えると郭があり、さらに一段下にも郭がありますが、この段差側面には石積みが相当に残っていました。主郭に戻り背後の斜面を登ります。説明板の縄張り図には堀切があると書かれてますがわかりません。尾根先端まで登ると西側が帯郭のようになってますが、斜面にも堀切らしいものがないです。以前、「戦国の山城」という本にも堀切が描かれてましたが、見当たりません。3人で見てないんだから無いっす^^;(笑) 今は樹木が茂り見通しが悪いですが、この城、寺院を改修して城にしてるわけだけど、山中の見通しは悪い場所です。山奥にひっそりとある城跡であり、秘密基地のように見えますな。

城跡下の説明板
歴史

元々、天台宗高島七ケ寺のひとつの太山寺があったと伝えられます。そのを周囲の勢力である横山氏・田中氏・朽木氏のいずれかが城郭に改修したもの考えられますが、詳細は不明のようです。

堀と土塁         石垣
現地案内板より(新)
城域進入路
帯郭      郭(坊跡)
南の堀切
段郭(坊跡)の石積み
段郭(坊跡)の石積み
主郭(本堂)の切岸      主郭(本堂)への坂虎口と石積み
主郭(本堂)の西側土塁     基壇の上の城跡表記
主郭(本堂)の基壇石積み
主郭背後の尾根先端郭?        主郭(本堂)
  
主郭
城域入り口の坂(参道石段のようです。白いのは桜の花びらです。)
主郭下の郭        尾根より城跡遠望
  
         千年椿    登り口の東屋(東屋の裏手を左方向の道を登ります)
        太子堂跡      太子堂背後の堀と土塁
阿弥陀山の説明板     谷筋から尾根道へ
尾根道(土塁に見える)   道を下る分岐点   
東尾根遺構
現地説明板より(旧)

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