近江/ 大森城



ファイルNo0769

登り土塁があったり、なかなか技巧的な遺構

                  登り土塁@ (2005年)  

@ おおもりじょう 
  別名 

A住所:東近江市大森町
    旧:八日市市大森町

B目標地点:大森神社
C形式:山城  D比高:100m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・竪堀・碑・説明板
G時代/人物: 室町期/布施氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  15分


J撮影・訪問時期:2005年04月・2008年10月
        2015年04月・2023年02月

  

道案内 

名神高速道八日市インタより国道421号線で永源寺方面へ進み、御園の信号で右折し、国道307号線に入ります。約900m先の瓜生津町の信号を右折し、県道170号線に入ります。約1.7Km先の大森町の信号で左折し、県道46号線に入り約700m先の大森神社まで行きます。<または、国道421号線に出て名神のガード下の林田町の信号で右折し県道46号線に入り約1.2Km先の大森町の信号を直進します。> 大森神社左手の細いアスファルト道路(サイクリング優先道路)を約600mほど行ったところに右手にフェンスで囲まれた畑があり、この手前右手に「大塚城址・本丸まで200m」という石碑があります。(ここから200mでは無理^^;) この城址碑の手前約100mほど手前に新しい登城口があります。(大森神社から約500mほど入った場所です。) 新登城口からは尾根まで登り、尾根を進みます。途中、「ど根性の木」があって堀切に至ります。この堀切は城址碑のある旧登城口からの登りと合流します。
 
訪城備忘録

城址碑のところから登るのはもう道が荒れてます。城址碑からやや大森神社寄りに整備された登城口とそれにつながる登城道があります。

新登城口から尾根道を進むと「ど根性の木」という立て看板があります。この木、倒木なんですが、倒れた木から垂直に新しい枝が伸びている木です。もう少し進むと堀切形状に至ります。城址碑のある旧登城道はここに繋がる感じです。さらに進むと北櫓台の標識のあるピークを越えて少し下って右手を下りると主要部下の郭です。下の郭は、山の斜面を掘り込んで作ってあるようで、南側は比高10m上に主郭・二の郭があり、その他を土塁が巡ります。大きい郭で、長さ100mほど幅40mほどあるようで、それを2区画に仕切土塁(登り土塁)で区分けしてあるという感じになってます。特に、中央の仕切り登り土塁(標識は登り土橋と表記されてます)は明瞭です。この仕切り登り土塁(登り土橋)は上段にある主郭への登城道です。上の区域には主郭と二の郭があります。主郭は西を除く周囲を土塁が巡ります。登り土塁を登ってきて主郭に入るところに食い違い虎口と表記されてますがよくわからんです。主郭東下には一騎駆けのような細尾根があります。また、竪堀はあるようですが、明確には確認できません。大きくは上下二段の郭を中心としてますが、すり鉢状の下の郭、それを仕切る土塁、おもしろい城跡でした。

<2005年04月>
石碑のところから入るとすぐに屋敷跡のような削平地が両サイドに続きます。その後、急なS字坂道になり、尾根に到達するとそこは堀切の底<写真A>でした。城跡は東側(左手)ですが、いったん西側(右手)に行ってみました。やせ細の尾根をしばらく進むと、櫓台の如くの高台とその先に自然地形あるいは人的な加工がしてあるのか?ですが、大きな堀切状の箇所があります。その先にもピークがあり、さらに先は崖になっています。堀切状の両サイドも崖でなんとなく出郭のような感じはします。但し、この西側一帯は私が持っている資料では城域とは書いてありません。 

<2008年10月>
秋はマツタケでも採れるのでしょうか?山止めの標識がありました。すいません、意味を理解せずに登ってしまいました。途中、地元の方に出会い、山止めと言われてしまいました。; ただ、純粋に城を見るだけですので、黙認してもらいました^^; 今回は碑からでは無く、伐採された斜面から登りました。貯水池のような箇所まで道があり、そこから右手に登ります。現地にある説明板の縄張図には書かれていない感じですが、主郭東下斜面には段郭が連なっており、Lの空堀、段郭の虎口、平坦地が明瞭です。もしかしたら昔の畑地かもしれませんが、虎口的な開口部には城を感じます。ここにも登り土塁的な箇所もありました。下の郭の虎口からやや下って下の郭に入ります。ここはほんとうに広い。木々が伐採されていたらいい感じなんだけどな。それに比べ、主郭は藪状態で土塁が確認はできますが、あまり明瞭とは言えない状態です。

<2015年04月>
久しぶりに言ってみると整備され、説明板や標識が設置され、木々がある程度伐採され、特に、上の段の郭群(主郭・二の郭・櫓台)は綺麗に整備されています。各標識横には木で造られたロボットのような人形が寄り添っています。

<2023年01月>
久しぶりに寄りましたが、前回の新登城口を忘れて、城址碑が立っているところより登ってしまいまして、道が荒れていて苦労しました。(笑) 

尾根上の堀切 A
歴史

布施淡路守の子の布施藤十郎公保の居城と伝えられます。布施氏は六角氏の重臣の一族であり、東近江市(八日市市)布勢町の布施館及び布施山城が本家筋で、大森布施氏は分家と考えられます。この大森城と布施山城及び観音寺城の淡路丸が布施氏の城郭と言えます。

登り土塁(2008年)
登り土塁(2023年)
縄張り図(現地案内板より)
   
尾根上の堀切
北櫓台(尾根のピーク)    北虎口を上から
下の郭への北虎口(郭内から)
下の郭の東側
下の郭の西側
登り土塁を横から
     井戸       下の郭      西虎口と土塁  
下の郭西側を上から見る
主郭 食い違い虎口??
主郭
主郭と土塁
主郭の東下細尾根(一騎駆け)
  
外から    北虎口    郭内から
下の郭の周囲の土塁     下の郭の西の虎口
下の郭東側掘り込み土塁 B  2005年     下の郭西側 C
   主要部虎口       主郭(右側)と副郭への斜面
横から    登り土塁      上から
    主郭           上の郭食い違い虎口と櫓台
主郭虎口        主郭土塁
  下の郭西側土塁      登り土塁を西側から
  東下虎口      2008年    城域からの眺望
中腹段郭の虎口   2008年      段郭   
東側下郭群の堀   2008年    東側下の郭 
  
城址碑(旧登り口)     新登り口       
城跡遠景
登り口の木の案内ロボ      「と根性の木」
大森城近くの水田からの夕陽

近くの城・関連の城: 布施山城 観音寺城 ※