近江 鈎陣所



ファイルNo0672


               土塁             

@ まがりじんしょ 
  別名:鈎御所 江州御所 鈎真宝館  

A住所:栗東市上鈎
   旧:栗太郡栗東町

B目標地点:永正寺
C形式:平城  D比高:ーーm 
E現況:寺・宅地・田畑

F遺構等:郭・土塁・堀?・説明板・石碑
G時代/人物:戦国期/足利氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2001年06月・2022年02月

  

道案内 ←遺構    ←石碑のある場所

名神高速栗東インタを下り、国道1号線を草津・大津方面に進みます。約1km先、インタより2つ目の信号が上鈎(かみまがり)の信号で、その次の上鈎南の信号を右折し路地に入ります。すぐを右折し、約100mほど左折し、さらに約100m先で右折で、その先、約100mほどで永正寺です。 (石碑は上鈎の信号を左折し、約200m先の上鈎東の信号を左折した右手です。)
訪城備忘録

陣所として史跡になりますが、ほぼ城郭ですね。将軍が1年以上在陣していたのですから将軍御所と言えるのでしょう。永正寺の背後にL字に土塁が残ります。周囲の水路も堀跡であるようです。永正寺が陣所のどのあたりなのかはわかりません。古図には東西114間、南北120間と書かれてあるので、約200m四方の範囲であったようです。永正寺から上鈎の信号あたりまでが城域という事でしょうか? 正確には永正寺の土塁もいつ頃のものか明確では無いようです。「鈎の陣所ゆかりの地」という石碑は国道を越えた上鈎の信号の先にある上鈎池のそばの公園にあります。2001年の時の訪城に比べ土塁が草木が伐採され、周囲にあった竹藪もほとんど伐採され、寺の隣に大きな老人施設が出来ているため、寺の周囲がすっきりしてました。

石碑
歴史

長享元年(1487年)に足利義尚(よしひさ)が六角高頼を攻めるために構えた陣所です。義尚は六角氏と共闘する甲賀忍者の攻撃に悩まされ長期化し、1年5か月ほど在陣の末、長享三年(1489年)、この地で25歳で没しています。

     土塁    寺正面と説明板
現地説明板より(当時の縄張り図)
  
土塁
土塁
2001年当時

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