能登/ 館開城



ファイルNo2890


                            

@ たちびらきじょう 
  別名 徳田城 

A住所:羽咋郡志賀町館開 
B目標地点: 
C形式:丘城  D比高:30m 
E現況:山林 

F遺構等:郭・土塁・堀・堀切・畝堀・櫓台・虎口
G時代/人物:室町期/得田氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  麓から10分

J撮影・訪問時期:2014年06月

  

道案内 

国道249号線七尾市大津町の信号から県道3号線に入ります。または、能越自動車道徳田大津インタを下り、県道3号線に入ります。徳田大津インタの信号から県道3号線を約3km先、代田の信号で左折します。1km道なりに進みます。1直線の道に出ますので左折し、右前方の丘を目指します。400m先の南の山と北の山の谷筋から山に入ります。
 
訪城記録

この城、夏場は草木が多くて遺構が隠れてしまい見学はしにくいです。できれば冬から4月までがいいんでしょうね。城跡の丘の西側道路から谷筋に入ります。ここから藪藪です。谷筋の左手(北側)上が城跡です。谷は少しづつ登っており南の山との鞍部的尾根まで登ると北へ登ります。南尾根の堀切の横を越え、斜面の竪堀状を登ります。土塁の盛り上げ利が認められます。登るとしのまま横掘です。これは主郭東側の堀で、、主郭へはその堀から竪堀状の虎口に入ります。櫓台のような土塁が虎口両サイドに残ります。主郭及び北側の丘陵先端側の副郭を主要部とし、主郭南側は意図がわからん横掘から斜面に大きな竪堀落ちます。主郭と副郭とは横掘へ隔てられ、北側の副郭の先端に堀切があります。主郭東側堀の東側にも郭があり、その南側に堀、その先尾根に堀切があります。遺構としては良く残っている感じですが、草木の無い時期に訪城するべきですね。

城跡遠景
歴史

得田氏は鎌倉期には御家人であったようです。文化年間には得田佐渡守の名前が史料に見え、館開城の城主は得田佐渡守と推測されるとのことです。その後、居館は徳田に移り、天文十六年(1547年)には得田秀章の名があるようです。


堀                   主郭南斜面
  
谷から登り斜面にある土塁
横掘堀切
主郭・副郭間の堀

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