加賀/ 和田山城



ファイルNo1167

古墳を巧みに利用した城

 空堀

@ わだやまじょう 
  別名 

A住所:能美市和田町 
     旧:能美郡寺井町和田
B目標地点:能美ふるさとミュージアム
      和田山末寺山史跡公園

C形式:丘城  D比高:25m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・説明板 
G時代/人物:戦国期/和田坊超勝寺氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  10分

J撮影・訪問時期:2001年06月・2024年06月

  
説明板

【道案内】 

北陸高速道小松インタを下り、右折し県道25号線に出て、1.6Km先の城南町西の信号で左折します。県道20号線を進み、さらに京町の信号を直進し県道4号線を進みます。城南町西の信号から2.5Km先の(JR北陸線を越えます。)園町の信号で左折し旧国道8号線に入ります。5Km先の五間堂の信号で右折し県道102号線に入ります。1.6Km先の寺井北の信号で左折し県道4号線に入ります。約400m先の三道山の信号で右折が県道4号線で、約200m先を鋭角に右折した左側が「能美ふるさとミュージアム」です。「能美ふるさとミュージアム」裏手に和田山古墳群への登り道があり、丘陵上に登ったら右手に進むと和田山城です。



【現況・訪城記録】

和田山古墳群の南西端にある城跡です。古墳群を巧みに利用しています。二の丸下を屈曲しながら巡る空堀が印象的です。以前に比べ、周囲(麓)はものすごく整備されてますが、城跡自身はやや草が多いかもです。

和田山古墳群を抜けて空堀沿いに進み土橋を渡ると右手が二の郭(丸)で左手が主郭(本丸)です。二の郭(丸)は北端が櫓台になっていて元々は八号古墳です。そこより東側の空堀沿いに土塁が延びています。主郭(本丸)手前にも空堀があり、土橋が架かってます。主郭は西側を除きほぼ数周囲を土塁が巡り、中心部に櫓台とされる高まりがありますが、これも元々は九号古墳とされます。主郭(本丸)の東側下から二の郭(丸)と主郭(本丸)間の通路郭までの間に深い空堀があります。

【歴史】

永正三年(1506年)に越前守護朝倉貞景に追われた和田坊超勝寺によって築城されたとされます。天正八年(1580年)の織田信長方の柴田勝家の家臣で佐久間盛政の家老、安井(左近)家清が在城しました。家清は天正十一年(1583年)の賤ケ岳の戦いで戦死、慶長五年(1600年)に前田利長が一時小松城攻めの陣城として活用したとされます。

和田山古墳群四号墳

   
  
二の丸
  
本丸櫓台(古墳)
  
主郭側から二の郭東下の空堀を見る
現地案内板より
  
左手は二の郭櫓台と空堀
左手は二の郭櫓台と空堀
左手は二の郭櫓台と空堀
右手は二の郭と空堀
二の郭への土橋
二の郭と空堀
二の郭と櫓台
二の郭櫓台
二の郭東側土塁
主郭北側空堀と土橋
主郭北側空堀と土橋
主郭から北側空堀と二の郭方向
主郭北側土塁
主郭櫓台(九号墳)
主郭櫓台(九号墳)を南から
主郭櫓台(九号墳)を東から
主郭東側土塁
主郭東下空堀
主郭北下と空堀
主郭東下空堀と手前左の帯郭
主郭東下空堀
和田山古墳群
四号墳
二号墳
一号墳

近くの城・関連の城: