美濃/ 山岡中西



ファイルNo1063

       主郭背後堀切

@ なかにしじょう 
  別名 久保原城

A住所:恵那市山岡町久保原
    旧:恵那郡山岡町
 
B目標地点:爪切地蔵から約200m先
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:畑地・山林

F遺構等:郭・堀切・土塁・標識
G時代/人物: 戦国期/遠山氏
H満足度:
凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  国道沿いから10分


J撮影・訪問時期:
2005年09月・2022年05月
   

  

道案内 

中央高速道恵那インタを下り、県道68号線を進みます。約500m先の坂の上のY字の信号で斜め右へ進み、県道66号線に入ります。国道19号線をガードで越え、約5Km先、道の駅「そばの郷ろっせいみさと」の佐々良木の信号で左折し国道418号線に入ります。約6Km先の久保原地区で県道406号線が左折で分岐しますが、この分岐点より国道の約200m手前(国道が坂を下りて左にカーブ終えた地点)の(最初の民家ではなく次の民家)左手民家の裏手段丘先端に城域があります。
 
訪城備忘録

2022年05月に再度寄りましたら真新しい城跡標識が立ってました。ちょうど1年前の2021年05月に来たときはこの標識は立っておらず、城域がわからなくなって断念してました。この標識、旧山岡町、旧串原村の城跡に2021年に数多く立てられたようで、2022年山城サミットin恵那市の影響のようです。民家の背後に登る道があります。約10mほど登ると平地がありここも郭だったようです。さらに約10mほど右手に登ると主郭で大きさは幅40m・長さ80m程度で北側に土塁があります。この土塁の北側下には幅10m・深さ5mほどの堀切が明瞭に残ります。資料には、この主郭土塁から堀切に沿って竪土塁が示してありましたが、よくわかりません。主郭南端には一本桧があります。山岡町時代は町の天然記念物であったようですが、今は周囲は整備されてませんでした。

国道沿いの標識
歴史

史料には永禄年間(1558〜1570年)には遠山左京進が城主だったとあるようです。また、中西八郎という人物の存在も関係があるようです。

切岸      主郭と土塁
  
地理院地図を加工
城跡遠望     登り口
左/主郭切岸 右/平坦地
主郭背後の堀切
主郭の土塁
主郭
主郭端の一本桧

近くの城・関連の城:上手向城 山田城 和田城