伊勢/ 波瀬城



ファイルNo2823

     主郭背後堀切

@ はぜじょう 
  別名 波瀬御所 

A住所:津市一志町波瀬
    旧:一志郡一志町

B目標地点:井之倉橋
C形式:山城  D比高:70m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・堀・説明板
G時代/人物:戦国期/波瀬氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  8分

J撮影・訪問時期:2013年08月

  

道案内 

伊勢自動車道の一志嬉野インタを下りて、料金所から左折し県道67号線に入ります。2.2Km先(島田橋の手前)で右折し県道580号線に入ります。5km先の信号で県道43号線に合流します。 県道43号線は新道が波瀬集落を迂回しています。(旧道は波瀬集落内を通っていますが狭いです) 信号から、旧道と新道の合流まで新道経由で4kmです。合流地点からさらに県道43号線を700mほど進むと井之倉橋です。橋の手前で県道が右カーブしてますが、このカーブのところに城跡への看板が出ています。
 
訪城備忘録

県道から坂道を登りますと200mほどで左手へ登ります。道は整備され登りやすいです。数分で主郭を含む西の郭と東の郭を隔てる鞍部に至ります。ここに説明板があります。説明板の裏手へ10mも登ると主郭です。主郭北側に土塁があり、その背後は深い堀切です。堀切を越えるとやはり北側に土塁がある郭です。この郭には明瞭な井戸も残っています。その先は浅い堀切があります。 鞍部に戻り、東側に登ると細長い郭が続きます。先端には土橋を伴う堀切が残ります。こじんまりとした城跡ですが堀切、土塁は明瞭に残っていますので、見応えはありました。

主郭遠望と説明板
歴史

説明板には北畠氏の一族の波瀬氏、金生氏六代の居城と書かれています。 天正四年(1576年)に波瀬具祐が田丸城で、波瀬具通が霧山城でともに織田信雄によって他の北畠氏家臣とともに殺害されているため、このころには波瀬城も機能を失ったと思われます

土塁           東端の堀切
現地案内板より
  
主郭         堀切
土塁と井戸のある郭
東の郭群の切岸

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