大和/ 沢城



ファイルNo2287

宇陀三将の沢氏の本城ですが、後、高山右近ゆかりの城

              出郭のU字土塁   

@ さわじょう 
  別名 沢上城 

A住所:宇陀市榛原区沢
    
旧:宇陀郡榛原町
B目標地点:大貝研修所・農場
C形式:山城  D比高:150m<登り口から> 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀切・説明板
G時代/人物:南北朝期/沢氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  登り口から25分

J撮影・訪問時期:2009年10月

  

道案内 ←登り口  ←城跡

名阪国道(国道25号線)の針インタで下り、国道369号線を南下します。16km先榛原区中心部のY字を直進して榛原中心部に入ります。1km先の荻原の信号で斜め左方向の国道370号線に入ります。300m先榛原ロータリの信号で右折し、200m先の榛原駅前の信号で左折し県道31号線に入ります。100m先の信号で県道は右折です。県道は500m先の信号で左折し榛原大橋を渡ります。6.5km先、比布地区のバス停そばで左折します。2kmほど進むと道路沿いに沢城の標識が立っていますので左折します。標識に従い農場横まで行くと登り口があります。
 
訪城備忘録

城跡までの山道は先日の台風の影響もあるのか荒れていました。ぬかるんだり、道に水が流れていたり、小規模な土砂崩れがあったりでした。出郭下まで登ると説明板があります。出郭に登ると最初はやや藪ですが、奥に明瞭なU字の土塁が残っています。出郭の下には二重の堀切が残ります。この城の見学可能はここまでです。主郭を含む主要部はすごい藪でとても見学はできない状態でした。

2016年12月
沢城には行ってないんですが、居館跡とされる沢下城に城址碑と説明板があるので、寄ってみました。

出郭の登り口
歴史

南北朝期に築城された沢氏の居城とされます。沢氏は南朝方としてこの地方に勢力を競いました。永禄三年(1560年)に松永氏に攻められ落城し、城には松永氏方の高山友照(飛騨守・図書)が入りました。永禄十一年(1568年)頃に高山氏は和田惟政に属し、さらに、元亀四年(1573年)に高山氏は高槻城の城主になっています。高山氏が沢城を離れてから沢氏が復帰していましたが、天正四年(1576年)頃には筒井氏に攻められ没落し、天正八年(1580年)の織田信長の破却令によって廃城になったようです。高山友照は高山右近(重友)の父であり、右近は天文二十一年(1552年)生まれであり、幼少期にこの城におり、洗礼を受けたと伝わります。

出郭下堀切     二重堀切
出郭を堀切から見上げる      主郭方面    
    高山右近の碑        左上:主郭/右上:出郭
  
現地案内板より        城跡遠望
沢城(下城)<居館跡>
居館跡の城址碑と説明板

近くの城・関連の城:平井城