武蔵 石神井城



ファイルNo2428

石神井公園三宝池横に残る城跡

         主郭土塁と空堀    

@ しゃくじいじょう 
  別名 

A住所:練馬区石神井
B目標地点:石神井公園・三宝池、氷川神社
C形式:丘城  D比高:20m 
E現況:雑木林・神社・公園

F遺構等:郭・土塁・掘・説明板
G時代/人物:鎌倉期/豊島氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  石神井公園駐車場から20分・氷川神社から2分

J撮影・訪問時期:2010年04月・2010年11月

  

道案内 

環八通り(都道411号線)から関越道に向かうように笹目通りに入ります。谷原の信号で左折し、斜め左の都道8号線に入ります。<左折だけでは目白通りとなり関越道練馬インタに至ります> 都道8号線(富士街道)を2.8km先の石神井中学前の信号を左折します。800m先の石神井小学校前の信号を右折し250m先の信号を斜め右、200m先の路地を右折し200m先が氷川神社です。
 
訪城備忘録

城域は北側に三宝池があり、舌状台地の中間に近いところにあります。これは台地先端には築城当時には三宝寺(現在の禅定院付近)があり、これに配慮し、台地中間でやや尾根が細くなっている箇所の西側に選地したとの事のようです。現在は周囲は住宅が迫り、台地上にもいろいろな施設があるため、明瞭な遺構としては主郭廻りだけですが、主郭の南側、現在の三宝寺と道場寺の間の道は空堀であり、氷上神社の西側住宅地の道も堀切跡のようです。主郭は土塁が巡り、空堀が西側前面に横たわりますが、通常、主郭内には立ち入り禁止で入ることができません。柵の前には浅くなってしまっていますが、空堀と主郭を巡る土塁が明瞭な形で残っているのを眺められます。二の丸の氷川神社には遺構らしいものは見当たりません。三宝池側の麓には城址碑があります。 4月下旬に石神井城にゆかりの照姫まつりが開催されます。 2010年11月、現地説明会で主郭内に入れましたが、残念ながら、主郭内からの土塁は藪状態で見栄えはしませんでした。

城址碑
歴史

築城時期は定かではありません。鎌倉後期に豊島氏が築いたとされます。豊島泰経は上杉顕定に背いた長尾景春に味方したため、文明九年(1477年)、上杉定正の重臣の太田道灌に攻められ落城しました。

正面         主郭土塁        横から
三宝池      氷川神社
主郭内
櫓台より堀       土塁
主郭内       土塁

近くの城・関連の城: