陸奥 神指城



ファイルNo2506

会津における上杉氏の幻の新城

                       二の丸土塁と高瀬の大木     

@ こうざしじょう 
  別名 

A住所:会津若松市神指町本丸〜神指町高瀬
B目標地点:
C形式:平城  D比高:−−m 
E現況:田畑・集落・雑木林

F遺構等:郭・土塁・堀・説明板・碑
G時代/人物:戦国期/上杉氏
H満足度: 凸凸
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分

J撮影・訪問時期:2010年07月

  

道案内 ←二の丸土塁と高瀬の大木  ←本丸説明板の位置

磐越自動車道の会津若松インタで下り、国道121号線を南下します。700m先の観音堂の信号で右折し国道49号線に入ります。1.7km先の中沢の信号で国道49号線は右折ですがそのまま直進します。直進した道はすぐに左カーブです。カーブして100m先を右折し500m先右手が二の丸土塁で、その先左手が本丸です。
 
訪城備忘録

築城途中で廃城になった城であるから少しの遺構の残存と思って行きましたが、確かに巨大な輪郭式縄張りの二の丸部分は一部の土塁が残るのみですが、本丸部分はその大きさの原型を留めており、水田になっていますが、内堀の大きさもわかります。

本丸説明板
歴史

慶長五年(1600年)3月、上杉景勝は直江兼続に命じこの城の築城を開始しました。しかし、徳川家康の上杉討伐の進攻開始により六月に工事は停止され、その後の関が原の戦いで西軍は敗れたため、慶長六年(1601年)に上杉氏は米沢三十万石に減封されそのまま廃城となりました。その後寛永十六年(1639年)に加藤明成が会津若松城を改修する際に石垣などを持ち去ったとされます。

本丸
現地説明板より       本丸遠望
  
本丸外側土塁と堀跡     本丸天守台跡
  本丸南側       本丸土塁?

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