上野 膳城



ファイルNo2482

             主郭と二の郭との空堀   

@ ぜんじょう 
  別名 

A住所:前橋市粕川町膳
    旧:勢多郡粕川村

B目標地点:粕川歴史民族資料館
C形式:丘城  D比高:40m 
E現況:山林

F遺構等:郭・土塁・堀・碑・説明板
G時代/人物:室町期/善氏
H満足度: 凸凸+
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  2分
J撮影・訪問時期:2010年06月

  

道案内 

北関東自動車道伊勢崎インタを下り、国道17号線を前橋方面に進みます。250m先の赤城見大橋で右折して県道73号線に入ります。道なりに13km進み、上毛電鉄を越えた先の宿の信号で左折して県道3号線に入ります。4km先、膳駅の手前200mで右折します。入口に城址への石碑があります。300m先左手が城跡です
 
訪城備忘録

主郭、二の郭周囲の空堀がなかなかいい感じで残っています。屈曲し、分岐した堀は見応えがあります。二の丸のさらに外の掘も残り、そこには土橋も残っています。道に分断されていますが、道の反対側にも堀が確認できます。

城址碑
歴史

嘉吉年間(1441〜43年)頃に善(膳)氏によって築かれたとされます。文明十二年(1480年)に佐野昌綱に攻められ落城しますが、善三河守は金山城の横瀬業繁に援助され膳城に復帰しています。永禄五年(1562年)には上杉謙信に降り、元亀三年(1572年)には北条氏方に攻められ落城しました。謙信は天正二年(1574年)に再度膳城を攻め落としています。天正六年(1578年)の謙信死後には膳城は後北条氏方となり、河田備前守が城代を務めたました。天正八年(1580年)には武田勝頼に攻められ河田備前守は討死し膳城は落城しました。

主郭を巡る空堀
現地案内板より
  
西虎口土橋      西虎口空堀
主郭と北郭側空堀

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