丹波 上林城



ファイルNo3761


             主郭櫓台と石垣               

@ かんばやしじょう 
  別名 生貫山城・蝸牛ケ城 

A住所:綾部市八津合町城下
B目標地点:上林城山公園
C形式:山城  D比高:60m 
E現況:山林

F遺構等:郭・石垣・説明板・(井戸)
G時代/人物:戦国期?/上林氏
H満足度: 凸+☆
I最寄の駐車位置からの主郭までの所要時間:
  駐車場から10分

J撮影・訪問時期:2021年10月

  

道案内 

京都縦貫道の京丹波わちインタを下り、国道27号線を綾部市街地に進みます。約5km先、山家の信号で右折し府道1号線に入ります。約16km先を右折し約600m先の集落入口で道が大きく左折し、すぐにY字となり、ここは斜め左に登ると上林城駐車場です。Y字の左側の民家、空き地は藤懸陣屋の跡です。
 
訪城備忘録

城跡は城山公園として整備されており、かつ、訪城した時は草刈りされた直ぐ後で、快晴もあって気持ちのいい公園でした。ただ、主郭までの道路のために斜面が削られている感じでどこまで往時の切岸斜面かな?という感じです。途中、南側に単独で飛び出した郭があり、その手前は堀切と言う事になります。主郭は広い広場です。往時もこんな一面に平やったんやろか?そうだとしたら居住性のある屋敷があったという事だと思います。 南側は一段上がっていて櫓台のようで段差には石垣が残ります。主郭の北側に段郭があり、その西端には石組の井戸が残るようですが見逃しました。^^;

説明板
歴史

黒井城の赤井氏の一族の秀家が南北朝期(1350年頃)に上林郷に入り上林氏を名乗ったとされます。その後、この地に上林氏は代々受け継がれます。上林城は何時、誰の時期に築城されたかは定かではないようですが、戦国期の天文年間(1532〜55年)には上林下総守晴国は上林城に居城していた史料があるようです。天正三年(1575年)、織田信長方の高田治忠により攻略され、上林氏は城を退去したとされます。本能寺の変までは明智光秀の勢力下であり、その後は治忠は秀吉に従っていたようです。関ケ原の戦いで治忠は西軍に付いたため改易され、慶長六年(1601年)、この地には織田氏傍流である藤懸永勝が六千石で入り、麓に陣屋を構え、旗本として明治維新まで続きました。

南郭      主郭
中央南郭越しの眺望
城跡を麓から遠景
  
主郭櫓台石垣
切岸
日置谷城方向眺望
北側眺望
西側眺望
麓の集落・麓には藤懸陣屋跡
地理院地図より

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